最高裁判所第三小法廷 昭和26年(オ)880号 判決
上告人(原告) 安西豊蔵
被上告人(被告) 千葉県選挙管理委員会
一、主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
二、理 由
上告人安西豊蔵代理人奥山八郎同安田重雄同井上忠己の上告理由は後記のとおりである。
公職選挙法(以下単に法という)八九条は、同条但し書に当る場合及び同条二項の場合を除いては、国又は地方公共団体の公務員は在職中、公職の候補者となることができないと定めている。この規定は、いやしくも国又は地方公共団体の公務員たる者は、公務員たる職を辞した上でなければ、公職の候補者となることができない趣旨であると解するのを相当とする。すなわち、公務員である者が、公職の候補者として届出をするときには、すでにその公務員たる地位を退いていなければならないのであつて、単に退職の申出をしただけでは足りないのである。この立法の根拠は、公務員が在職のまま公職の候補者となることは、現に就いている公務員としての職責をむなしくするとか、公務員たる地位が選挙に利用されるおそれがある等の理由に基くのであるが、具体的の場合について、かかる弊害を個個に判断することは困難であるから、これを一般的に見て、特別の例外の場合を除いては、公務員は在職のまま候補者となることを禁じたのである。所論の順序によつて判断するに、
一、論旨は、公職選挙法施行令(以下単に令という)八八条五項の反面解釈から、上告人が、予じめ公務員たることを辞しないでも立候補の届出ができると主張するが、令八八条五項が公務員が退職して立候補しようとする場合に、法九〇条により退職の申出をした旨の証明書を添えなければならないと定めているのは、公務員である者が、立候補の届出をした場合、選挙長の側からいえば、果して退職をした上の届出であるか否か不明であるから、選挙事務の便宜上このような証明書の添付を求め、少くともその日附により、法九〇条の法定期間を経過し、退職の効果が発生したことを確認できるようにしたのである。従つて、この専ら事務便宜上の規定を根拠として、逆に本法八九条の趣旨を、退職の申出をすれば退職の効果が発生しないでも、候補者となることができると解することはできない。それゆえ原判決は結論においては正当である。論旨は(い)として原判決が右のように「原則として」といいながら、例外の説明がないことを非難しているが、八九条一項但し書と二項の場合が例外であることは、説明自体で明らかである。また論旨(ろ)は、法六八条一項二号後段をもつてしては、法八九条の制限が、絶対的であるか否かの解決にはならないと主張するのであるが、なるほど法六八条一項二号後段は、法八九条によつて有効な候解者であるか否かが決した後に適用される規定であつて、法六八条一項二号があるために八九条が判示のような趣意をもつのではない。従つて、原判決のこの引用は、判示の理由づけにはならないけれども、このために原判決の結論の正しいことに変りはない。六八条一項二号のある理由は、公務員は本来八九条によつて、在職のまま候補者となることはできないのであるが、それにもかかわらず、公務員から立候補の届出があつた場合、選挙長は、その届出について実質的審査権をもつものでないから、届出は一応そのまま受理され候補者として取扱われるけれども、いよいよ選挙が行われて、その者(すなわち在職のまま候補者となつた者)に対する投票があつたときは、これを無効とするという趣旨である。また論旨(は)は、公務員が在職のまま候補者となつた場合、その届出は有効で候補者たる資格を有するのであるからかかる候補者が、退職の申出をしないときは、届出を取消したものとみなすとか、或は候補者の資格を失うとかの明文がなければ、届出後にその者が退職の申出をしなくても、候補者から除かれる理由はなく、また当選人ともなり得ると主張するのであるが、前記(ろ)に説明したとおり、公務員は本来在職のまま候補者となることはできないのであるから、所論はすでに誤れる前提に立つているのであり、理由はない。
二、論旨は、法八六条四項、六項の場合において、公務員の退職が効果を発生する前に選挙の行われることがあるのであるから、公務員が在職のまま候補者となり当選人となることは少しも差支ないという趣旨の主張であるが、法八六条四項、六項の場合は、選挙の期日前三日までに立候補を許されているというに過ぎないのであつて、立候補届出の場合は、八九条によりすでに公務員を退職していなければならない趣旨である。従つて論旨は、この点についても、理由がない。
三、論旨は、八九条二項後段によれば、地方公共団体の議会の議員が、在職のまま議員の候補者に、またその長が在職のまま長の候補者となることができることを根拠として、本件の場合も議員が在職のまま長に立候補できるという趣旨であるが、原判決の説明のとおり、八九条二項は、議会の議員又は長の任期満了による選挙は、その任期の終了日の前三〇日以内に行うことと定めているから、この場合は、任期の満了する議員又は長は、在職のまま立候補できる例外を認めなければ、これらの者は立候補のため多数辞職し、地方公共団体の運営に不都合を生ずるおそれがあるからである。このやむを得ない例外規定から推して、所論のように、八九条一項の公務員が、在職のまま公職の選挙に候補者となることを禁じた原則に反する解釈に導くことはできない。
四、論旨は、上告人の当選は、地方自治法一四一条による兼職禁止の場合であつて、法一〇三条により、兼職となる議員の職を辞したのであるから、当選を失う理由はないという主張であるが、法一〇三条は、八九条第一項本文の適用のない公務員で、適法に公職の候補者となり、その公職に当選した当選人が、当該選挙にかかる議員、長又は委員と兼ぬることのできない職にある場合の兼職制限の規定であつて、立候補制限に関する法八九条とはなんら関係のない規定である(法八九条一項二号、日本国有鉄道法一二条四項、日本専売公社法一六条二項等参照)。この点について原判決になんら法の解釈の誤りはなく、論旨は理由がない。
よつて民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、全裁判官一致の意見により、主文のとおり判決する。
(裁判官 井上登 島保 河村又介 小林俊三 本村善太郎)
上告代理人弁護士奥山八郎、安田重雄、井上忠己の上告理由
原判決は、重要な事項を含む法令の解釈を誤つた違法を冒しているものである。
本件における争点は、唯だ一つに尽きる。即ち、公職選挙法(以下単に“法”と略称する)第八十九条第一項本文は、『国又は地方公共団体の公務員は在職中、公職の候補者となることができない』と規定しているが、一体、法が立候補に付いて加えるこの制限は絶対的のものであるのか、どうかという一点に在るのである。之を具体的にいえば、(一)同条第一項但書によつて除外され、又は同条第二項前段及び後段によつて例外として認められている国、又は地方公共団体の公務員以外の公務員は絶対に立候補することができず、その者が在職中に為した立候補の届出は“すべて、いつでも”本来無効なのか、(二)それとも或特殊の場合、たとえばその公務員が、在職のまま立候補しても選挙運動の為めにその公職が曠しくされるとか、又はその地位が当該選挙に利用されるとか、というような虞れのない場合、即ち在職のまま立候補を認めても、公務員としての職責遂行上支障を生ずることもなく、同時に選挙の公正を害することもないと認められる場合には、前記除外例者以外の公務員といえども立候補できるものであり、その者の為した届出は有効であり、その届出者は有効に候補者たり得、有効に当選人たり得、当選人となつた場合に至つてその職を辞して、法第百三条の規定に従つてその職を辞した旨の届出を為せば、当選を失わずに維持できると解すべきか、どうかという法第八十九条及び第百三条の解釈問題が本件の全部であるのであり、而してこの解釈たるや、実に公職に在る公務員の立候補届出の効力、有効候補者たりや否や、有効当選人たりや否や、法第百三条は此の場合の当選人に対しても、適用ありや否や等の重要な事項を含む解釈問題に他ならぬ。
上告人は、昭和二十六年四月二十三日執行された千葉県安房郡西岬村長選挙において、同村議会議員に在職のまま候補者として届出をなし、選挙の結果、最高得票者となり選挙会において当選の決定を受けた者であつて、右当選の有効なる所以の根拠として法第八十九条の、立候補に対して加える制限は相対的であつて絶対的ではないと解すべきこと、その理由は、これを公職選挙法そのものの精神と公職選挙法施行令(以下単に“令”と略称する)第八十八条第五項及び法第八十六条第四項並びに第六項と第九十条との関連とに求め得ることを原審で主張したのである。その主張の大略は、原判決事実摘示の通りである。但し遺脱された部分があるから、これを補充して原判決の判断の当否を検討することとする。
一、原判決は、上告人が令第八十八条第五項を援いてその反面解釈から、予め公務員たることを辞しないでも立候補の届出ができる旨の主張を排斥するについて、法第九十条と第六十八条第一項第二号を根拠として「地方公共団体の公務員は、原則としてその公務員たる職を辞する申出をした上でなければ、公職選挙の候補者となることができないことは寸疑を容れないところであるというべきである」との断定を与えているけれども、大いに疑問が存する。
(い) 「原則として」できないというのであるから、例外としては、公職を辞する申出をしないでも立候補が有効にできることを認めることになるが、原判決はこれに付いて十分な説明を与えていない。
(ろ) 法第六十八条第一項第二号後段をもつてしては、問題の法第八十九条の制限が絶対的であるか、相対的であるかの解決はできない。同条項は、第八十九条に照して有効な候補者が、でないかがきめられ、然る後に適用さるべき規定である。原判決は、問題に解決を与えていない。
(は) 上告人は、公務員は予め辞める申出をしないで立候補届出をなし得るの理由として、左の主張を原審において為した。
(訴状第六枚目表末尾以下参照)
「地方公共団体の長の任期満了に因る選挙の場合において、当該地方公共団体の議会の議員が、予め退職の申出をせず、在職のまま立候補の届出をした場合、他の届出要件を具備している限り其の届出は有効で、選挙長は法第八十九条に拘らず、之が受理を却下することはできないから(註―却下する法律上の権限が与えられていないから)、届出人は候補者たる資格を得るわけである。之れ即ち、本件選挙において、原告(註―上告人)の立候補の届出が有効に受理せられ、原告が候補者となつた所以である。既に届出が有効で、一旦候補者たる資格を取得せる以上、法令に、在職中に立候補の届出をなした公務員が、退職の申出をなさないときは届出を取消したものと看做すとか、或は候補者の資格を失う、とかという旨の明文がない限り、届出後に其の者が退職の申出をしないとしても候補者から除かるべきいわれはない。最後まで候補者として取扱わるべきであり、当選人ともなり得るわけである。
然るに、原判決はこの主張に対して判断を遺脱している。
二、上告人は、前掲一における主張をつよめるために「法第八十六条第四項及び第六項の場合においては法第九十条で始末がつかず、夫等の場合にぎりぎり三日前に立候補の届出、又は推薦届出と同時に、法第九十条に従つて退職の申出をしても五日を経過しない前に、すなわち公務員たることを辞したものとみなされる前に選挙が行われることになる、にも拘らず、法も令もかような場合について立候補者を辞退したものとせず、また当選後の失格原因ともせず、これらの場合の候補者の届出、又は推薦届出は、在職中であるけれども有効として取扱われている」旨を主張した。この主張に対し、原判決は上告人主張の場合あることを認めながら、単に之は例外の場合であると片付けて仕舞つて、これがために法第八十九条につき原判決自ら与えた解釈に影響なしとしているとは偏見に失し、前後の法案を彼此窮明して統一的解釈を得、以て法の精神を把握するの労を吝むものと謂うべきである。原判決は「在職のまま立候補することを禁止されている地方公共団体の公務員が公職の候補者となるには、予め公務員の職を辞する申出をすれば足り、現実にこれにより退職の効果が発生した後であることを要しないことは法第八十九条、第九十条、令第八十八条第五項の規定の解釈上疑ない」と説示しているけれども、たとえ「申出」ても申立の効果が発生しない間は、まだ在職中である。問題は、「未だ退職の効果を発生せず、即ち在職中になした立候補届出が有効であり、有効の候補者たり有効の当選者となる場合が法令上現存するが、それでも在職中の届出は絶対無効という解釈が正しいか、どうか」というところに在るのである。原判決の此の点に関して示した理由は未だ尽さざるものである。
三、更に原判決は、上告人の「地方公共団体の長の任期満了による選挙が行われる場合に、当該地方公共団体の長の職に在る者が在職のまま其の選挙における候補者となり得る理由が、何等妥当を欠くことが無い、と謂うことに在るならば、その選挙において当該地方公共団体の議員が、その在職のまま候補者となることにも妥当を欠く理由は考え得られない。反対に、地方公共団体の議会の議員の任期満了による選挙の行われる場合に、当該地方公共団体の議員の職に在る者が、在職のままその選挙における候補者となり得る理由が何等妥当を欠くことがない、と謂うに在るならば、その選挙において当該地方公共団体の長が在職のまま議員の候補者となることにも、同様妥当を欠くものなしと謂うことができる。従つて本件の場合のように、在職中の議員が長の選挙に立候補した場合、その立候補の届出を無効として取扱うことは当を得ないと謂うべきである」との主張に対して、之を排斥する理由として公務員の本来の性質と選挙の公正確保の目的とを挙げ、なお、長又は議員を在職のまま立候補し得しめるのは法第三十三条第一項の定むる選挙期間の関係上、己むことを得ざる例外措置であるとした。法第八十九条第二項後段の規定が、法第三十三条第一項の選挙期間の必要から生まれた規定たるは原判決の説示を待つまでもない。上告人主張の趣旨は、「一方の任期満了のときに、その方に在職のまま立候補をゆるすのは、よし法第三十三条第一項の選挙期間の必要からであるにもせよ、若しそうすることが公務員としての職責遂行に障害があり、又は選挙の公正を害する虞れがあるならば、無条件に立候補を認めない筈である。然るに、無条件にその立候補を認めているのは、之を認めても選挙運動の為めに公職を曠しくするとか、その地位を当該選挙に利用するような虞れがないということも見窮めた上でのことであると考えられる。それならば、長の任期満了のときの選挙に議員が、議員の任期満了のときの選挙に長が、夫々在職のまま立候補しても職責遂行上に支障を生ずるとか、選挙の公正を害するというような弊はないものと言えるではないか。だから、二つの場合共に、在職のままの立候補届出を無効とするのは意味がない」というに在るのである。然るに、原判決は観点を単に法第三十三条第一項のみにおいて判断を与え、第八十九条第二項後段の場合に、両者に均しく在職のまま立候補を認め、その届出を有効とすることが果して本来、被選挙権をもつ者は何人でも公職の候補者となる資格をもつということを原則とする法の精神に合するか、否かについて判断を逸している。
要するに、原判決は法第八十九条第一項本文の規定の解釈を誤り、同時に理由不備の違法あり、判断遺脱の違法あるものと謂うべきである。
四、原判決は、上告人がその当選は地方自治法第百四十一条による兼職禁止の場合であり、上告人は法第百三条の規定に従つて兼職の届出をしたから、当選を失う理由はない旨の主張に対し、法第百三条の規定は適法に公職選挙に当選した当選人で、当該選挙にかかる議員、長、又は委員を兼ねることのできない職に在る者の兼職制限の規定であつて、立候補の制限に関する法第八十九条とは何等関係がない規定であるから、立候補制限の規定たる法第八十九条の規定に違反して立候補した者が当選後、法第百三条の規定に従つて当選した兼職でない職を辞したからといつて、何等当選の効力を左右することができない、と説示して之を排斥したが、これも亦法第八十九条第一項本文の規定の解釈を誤りたる結果、ついに法の上から有効とすべき立候補の届出を無効と断ぜざるを得ざるに至り、更に同条の規定に違反して立候補した者は当選後、法第百三条の規定による届出をしても、その当選を維持することができないと結論するに至つたもので前段同様、重要な事項を含む法令の解釈を誤つたものである。
以上